第15候【虹始めて見る】

こんばんは。今日から清明・末候【虹始めて見る】の時季になっています。

この季節になると、冬には見かけなかった虹が現われ始めます。

春が深くなるとともに、だんだんと空気が潤ってくるので、雨上がりに虹を見ることが多くなるのです。

俳句で「虹」といえば夏の季語ですが、「初虹」はその年初めて立つ虹を指します。

春は陽の光がまだ弱く、その分、夏の虹に比べると淡くはかない虹ですが、それもまた趣があり良いものです。

晩秋には、また陽の光が弱まって虹を見かけなくなるということで、「虹蔵不見 (にじかくれてみえず)」という候があります。

さて仏教の方は、前回までの話を続けます。

「人生の目的」と「人生の目標・生きがい」の違いを述べていますが、この両者を区別するのは大変です。

「あなたは何のために生きていますか?」という、「目的」を尋ねている質問に対して、「俺は酒を飲むために生きている。人生、酒が一番の楽しみ」という答えも、一応、答えになっているように聞こえるからです。

しかし、お釈迦様・親鸞聖人によると、「人生の目的」を達成したならば、大安心・大満足(この場合の“大”は、“変わらない・崩れない”という意味がある)の心になると言われます。

それがないのは人生の目的を達成したとはいえないということです。

「生きがい」には、「本当に達成した」という、大安心・大満足はありません。

「酒を飲む」ということで言えば、しばらくお酒を飲めなかった人が、ひさしぶりに酒にありついたならば、「やっと酒が飲める!」という達成感はあるでしょうが、そのような達成感は一時的で、すぐに色あせてしまいます。

おいしい物が食べたい、流行の服が着たい、車が欲しい、恋人がいたらいいなぁ…という、私たちの欲望を満たすと、不満や苦痛は解消します。その過程で感じる「気持ちよさ」が、欲望を満たす幸福感です。

しかし、お酒でいえば、つらい仕事のあとのビールは一口目が一番おいしくて「死んでもいい」と思うほどの爽快感があります。しかしその気持ちよさも長続きはしません。もう一口、また一口、と次第に渇きが癒されるにつれて、爽快感は減退します。渇きが減ってゆく過程だけがおいしいと感じられるのです。百パーセント“渇き”がなくなってからのビールは、逆に苦しいものとなるでしょう。

これは「限界効用逓減の法則」と名づけられるもので、いろいろな場面で見られる現象です。

彼女・彼氏ができた喜びも、デートを重ねるにつれて、関係が進むにつれて、そのドキドキする興奮や快感が減ってきてしまう、ということは、誰もが経験したことがあるでしょう。

「この人と一緒にいれるなら死んでもいい」が、「この人と一緒にいると死にそう」に変化してしまうことさえあります。

“苦しみが新しい間を楽しみと言い、楽しみが古くなったのを苦しみと言う”

という言葉がありますが、「人生の目的」を達成した喜び・楽しみは、そんな一時的なものではありません。

ということは、「人生の目的は、何かの“欲望を満たす”ことではない」ということになりますね。

これは、“欲望を満たす”生きがいを持つことを悪いと言っているのではありません。私たちの楽しみは“欲望を満たす”ことですから。

ただ、それは「人生究極の目的」ではないと、仏教では言われているのです。

ますます話が難しくなってきますが、まだまだ「人生の目的」と「生きがい」の違いを書いていきたいと思います。

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