第17候【霜止み苗出ず】

こんにちは。今日から穀雨・次候【霜止み苗出ず】です。

皆さんに季節と仏教の言葉をお伝えして、心にうるおいを持ってゆっくり過ごして頂きたい、と念じて始めたこの更新ですが、思えば2月4日の【立春】から今日まで、コロナ騒動の拡大と共にあるような流れになってしまっています。

ここらでもう一度、まず自分自身が落ち着きを取り戻さねばなりませんし、あらためて今何を感じて何をするべきか整理してみるべきときでしょう。

以前に住んでいた山形県鶴岡市の湯田川温泉街では、この時季になると、農協の脇にある温泉の池で【霜止み苗出ず】の名にふさわしく「芽出し」というものが行われていました。

温泉の熱で苗を早く発芽させるということだそうで、晩春の風物詩としてテレビ局が取材に来たりしていたのを思い出します。

今年もそろそろ行われているでしょうか。

お茶の間に笑顔を届けてくれていた芸能人の訃報もあり、暗いニュースが続きますが、人の移動や工場の稼働が制限される中、自然はむしろ回復して、より季節を感じさせてくれるはずですから、口角をあげて空を見て陽の光をあびて元気に過ごしましょう。

仏教の方は、「人生の目的」と「生きがい」の違いについての話になっています。

生きがいとなる(人生の目的と勘違いするほどの)恋人と出会えたならば、そのときは大安心・大満足したかのように思い、結婚のときにはそれがピークに達しますが、結婚後「こんなはずではなかった」ということがおきてきて、飛び上がるような喜びはなくなっていきます。

「マリッジブルー」という言葉があるくらいですから、人によっては、すでに結婚のときにうつになる人もあるでしょう。とかく希望に満ちた状態は悲しいかな長続きしません(泣)

子どもができるとそれが生きがいとなり、最初は母(父)となれた喜びで、子どもが健康に育ってくれさえすれば安心・満足できます。

しかし、やがて「この高校に入ってくれないと困る」とか「うちの子は仕事もしない」とか、「結婚はしないのか」「孫はまだなのか」と心配や不足が出てくるでしょう。

このように、「目標・生きがい」を達成した安心・満足は一時的であり、続かない・キリがないものですが、これら「欲望を満たす喜び」は、人と比べて喜んでいる『相対の幸福』(相対的な幸福)でもあります。

私たちが結婚相手に満足するのも不満を思うのも、子どもの成長を喜ぶのも心配するのも、知らず知らずのうちに誰かと比べたり、自分の理想や過去の状態と比べているからではないでしょうか。

しかしこの話は決して、結婚や出産は喜べないものだと否定しているのではありません。

仏教では、結婚や子育てが「万人共通の人生究極の目的」ではなく、その人その人の「生きがい」であると教えているということです。

「人生究極の目的…人と比べて喜ぶものではない」と「生き甲斐…人や何かと比べて喜んでいる状態」はどちらも大切ですが、これらは別物であり、その区別がついたときに本当の幸福が分かると教えたのが親鸞聖人であります。

「人と比べて喜んでいる」ということは、逆に言えば「人と比べないと喜べない」ということなのですが、これについては次回に続けたいと思います。

今している話は、読む人を暗くしようとしているのではなく、最終的には「人と比べなくても喜べる」幸せを示そうとしてのことですから、めんどくさい話かもしれませんがお付き合いください。

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