【コラム3】旧暦と満月について

こんばんは☆

季節のことを書くようになってから、二十四節気とともに、旧暦(太陰暦…月の満ち欠け、月の運行を基準にしているこよみ)が気になっている今日この頃ですが、今年の旧正月1月25日から数えてひと月半にあたる今晩は、旧暦の2月15日、いわゆる「十五夜」です。

東京の空はうっすら曇っていて朧月夜(おぼろづきよ)ではありますが、たしかに満月を確認することができますね。

以前東北に住んでいたときに、100歳近いおばあさんから「十五夜とは言うけど、満月は旧暦の15日ではなくて、たいてい16日だよ」と教わったことがありましたが、今日は「旧暦と満月」について少しうんちくを述べることにします。

興味のない人にとってはめんどくさい話かもしれませんが、私は大事なことだと感じています。

なぜならば、このメルマガのテーマである「季節の言葉」と「仏教」を忘れてしまったことで、現代日本人のいろいろな問題が出てきているのではないかと思うからです。

聖徳太子は「篤く三宝を敬え、三宝とは仏法僧なり。すなわち四生の終帰、万国の極宗なり。いずれの世いずれの人かこの法を尊ばざる。それ三宝を信ぜずしては何をもってか曲がれるを直らせん」と十七条憲法の第二条に記されました。

仏教の教えによってでないと私たちの曲がった心を直すことはできない、ということです。

同じく、季節の移ろいによって農業・漁業、その他さまざまな営みをしてきたこの国の人々。季節の移り方は地方によって違ってきますが、それぞれが住んでいるところの旬を感じながら生きることで、身体も心も健康に保っていたのではないか、と私は考えます。

聖徳太子のお勧めを忘れ、季節の言葉に無関心になったことで、昔はなかった身体の病気、心の病気が増えてきてしまったのではないでしょうか。

このブログの中心にすえている二十四節気・七十二候は太陽の動きを区分したものですが、月の動きも私たちの身体や精神に影響を与えます。月の引力は海の満ち引きになるくらいですから、ものすごい力なわけです。

月の運行と「月経」に因果関係があるかは分かりませんが、女性は特に月の引力に影響されると聞いたことがありますし、男性にも、満月の夜に変身するという狼男のファンタジーが西洋にあるのは、あながち根拠のないものではないかもしれませんよ。

さて、なぜ十五夜が満月ではないのか?

詳しく説明しようとすると長い話になるのですが、ごくごく簡潔に書くことにします。

朔(新月)から望(満月)までの平均日数は約14.76日。新月(まっくらな月)は1日の夜ですから、そこから14.76日経つと、15日ではなく16日になることが多くなるのです。

何を言ってるか分かりますか?(笑)

たとえば1日の深夜から14.76日(14日と18時間)経つと、16日の夜6時になるというわけです。

今年は1月25日が旧暦の1月1日。最初の十五夜(旧暦1月15日)は2月8日でしたが、実は2月8日は満月ではなく、翌2月9日が満月でした。

なぜなら2月8日の深夜は、まだ14日ちょっとしか経っておらず、そこから約18時間後の2月9日の夜に、本当の満月が見られたのです。

もちろん月によっては十五夜が満月になることもあります。それが今晩の状態です。どうしてもズレがでてくるんですね。

ちなみに満月といえば中秋の名月。

中秋は旧の8月ですから、旧暦8月15日を、いわゆる「十五夜の月見」といわれます。

驚くことに「八月十五日」と書いて「なかあき」さんと読む姓があるそうですよ。

月見といえば「中秋の名月」、しかしこの時期(現在の暦の9~10月)は台風のシーズンであり、また秋の長雨の時期にもかかりますから、昔からあまり晴天率が良くなかったようです。

江戸時代の書物には「中秋の名月、十年に九年は見えず」のような記述もあるほど(涙)

そんなことを心にとめて、毎月の満月を待ってみてはいかがでしょうか。夜空を眺めると心が落ち着きますよ☆

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