【コラム5】心理学者もビックリ!

こんばんは。明日は春分の日。いよいよ春本番となってきますね。

現在、コロナの影響で3月2日から小中学校が休校になって以来、お子さんの居場所に困っておられるお母さんたちのお役に立てれば、ということで、本来16時~22時としていた学習塾を朝8時半から開放して、無料でお子さんたちの受け入れをしています

もともと世田谷区の小中学校では3月14日まで休校ということでしたが、12日に学校と区から通達があり、新学期まで休校(そのまま春休みに突入)ということになったため、引き続き学習塾というより学童的な場所になっている今日この頃です。

このような非常事態がきっかけではありますが、私たちの塾に来られたお子さん・ご父兄ですから、余程のご縁があった方々と拝せずにおれません。

続けてチラシ配りや商店街での声かけ、加えて公園にも出かけて行ってお子さんを連れているお母さんたちのお困り事をリサーチする(塾のオーナーさんの発案です)などしながら、地域に根ざした塾になるように努力していきたいと思います。

さて、季節の言葉を紹介するとともに、ここではしばらく「仏教をたたえる人々」を紹介します。

学問的な話になりますが、なるべく分かりやすく書いて、役に立つ知識にして頂きたいと思いますので、どうか読んでみてください。

こういう話は、たとえば、

  • お父さんお母さんならば、お子さんへの有益な話のひとつに
  • 営業マンならば、お客さんへの話題提供のひとつに
  • 学生ならば、友人や恋人とのまじめな話に
  • 受験生ならば、勉強の一貫として

大変有効なはずです。

今日は【心理学者】フロイト、ユングを紹介します。

大学などでは心理学の授業は大人気です。特に女性は心理学を勉強したがりますよね。男性に比べて「心」を重視するからでしょうか。

だから「大学時代、心理学をやっていました」というだけで、女性からは「へぇ~」という目で見られますよ☆

「物理をやっていました」とか「ドイツ文学をやっていました」と言っても反応は薄いのですが、心理学となると男女ともに関心を寄せてくれるでしょう。

それだけ私達は「自分の心が分からない」「相手の心が分からない」ということで悩んでいるともいえるわけです。

神経科学、行動科学、認知科学のような、今日の心理学関係の諸分野の見地を総動員すると、「人は自分で思っているほど自分の心の動きをわかってはいない」いう結論が出てきます。

「これが自分の心だ」と思っている心は「意識」と呼ばれるもので、その下に「無意識」とよばれる心が発見されてから、一気に研究が進んだといえるでしょう。

しかも、この「無意識」こそ、私を動かしている本心であります。

ですが「無意識」は名前の通り、意識できない、気づかない心ですから、西洋で学問的に論じられるようになったのは、フロイトが1900年に『夢判断』を出版してからです。

(心理学を勉強したことない人でも、フロイトの名前は何となく聞いたことがありますよね。)

しかし仏典には、意識のもっと奧にある「阿頼耶識(あらやしき)」が本心だと説かれていますから、それは東洋の私たちには珍しくありません。やはり仏教は心理学を二千年先取りしています。

「私が私と思っている私」は意識であって、それだけが「私」ではないということです。

【阿頼耶識】については、いつか詳しく論じてみたいと思っています。

フロイトと共に、深層心理学という新たな学問体系を樹立したユングは、東洋哲学、特に仏教に魅せられていました。リヒャルト・ヴィルヘルムに出会い、東洋哲学への傾倒を深めています。

ヴィルヘルムはキリスト教の宣教師でしたが、任地の中国で東洋哲学に宣教されてしまいました。そのヴィルヘルムとユングの共著の中で、ユングは中国仏教に関して記述しています。

「私の患者には一人の中国人もいなかったのですが、彼らの心的発展を研究して得たものは、何千年来東洋の最もすぐれた精神の持ち主たちが苦労して切り開いた教えと実によく対応していました」とあります。

現代でも、人工知能の父といわれるマサチューセッツ工科大学のマービンミンスキー教授は、次のように言っています。

「人口知能の開発には、当然、人間の心の構造の研究が大切になる。ところが現在の心理学は十分に教えていない。そこで心を専門とする宗教の中に、人間の心の構造を解明した宗教はないかと調べてみた。結果、キリスト教もマホメット教も、ほとんど心の仕組みを教えていない。ところが仏典には詳しく説かれていた。釈迦は実に優れた心理学者だ。コンピューター開発に仏典が比類なきテキストになる」

私には科学の知識がないので、科学的見地からは仏典に書かれていることのすごさが分かりませんが、読む人が読むとビックリするんですね。

私が感じるのは「仏典はあらゆる人の悩み・苦しみ・問題に対応する」ということです。

手前味噌にはなりますが、皆さん、ぜひ仏教を学んでみてください!

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